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【改訂版】選定の印は偽物か――建国システムと魔術の歴史についての考察(フリーゲーム『 冠を持つ神の手』より)

この記事は

  • フリーゲーム「冠を持つ神の手」の世界設定、および一部イベントへの重大なネタバレを含みます。
  • ゲーム内容を元にした考察ではなく、ゲームの世界設定の明示されていない部分に関する内容考察です。つまりメタではなくベタです。
  • ダウンロードはこちら。引用した公式Q&Aもここにあります。 bsfukufuki.hatenablog.com
  • 先日上げた記事と大筋の主張は同じです。

そもそもの断り書き

 はじめにひとつだけメタな話を。oumi氏はQ&Aコーナーでも「それ以上いけない」等、世界設定に対して明白な言及を避けてらっしゃる(ような感じがします)。グラドネーラ事典の控えめさとあわせて、oumiさんご自身が「真実を語る者」になることを避けられているようにみえます。……とはいえ、詮索する側としては秘められるほど気になるというのが人心というもの。先述の理由で情報がかなり不足しているゆえ「妄想」が混じってしまうのは避けられないのですが、あくまで類推・妄想としてお楽しみいただけたらと思います。

今回使った資料

「冠を持つ神の手」の世界設定(※イベントへのネタバレあり)

 舞台はリタントという王国です。リタントのある大陸は西部にリタント、東部にホリーラという国をそれぞれ抱えます。リタントとホリーラの間、大陸のほぼ中心には長い壁があり、建設されて以来それを越えたものはいないといいます。

壁 ホリーラとリタントの境に、北から南へと縦断する壁のことを指す。 アネキウス暦7200年代後半、統一国家ダリューラの分裂に伴い、国境線に沿って建設された。 石造りで高さは三メートルほど。途切れ目も扉も存在しない。 超えることは容易であるはずだが、建設されてこのかた超えることはおろか、その向こうを覗いた者すらいないとされている。 (グラドネーラ事典*http://wheat.x0.to/orig/dic/より)

 ひとつしかない大陸、およびこの世界の全体はグラドネーラと呼ばれています。そしてこれがリタントという国に特徴的な点なのですが、リタントの王は血縁ではなく「印」という身体的特徴により決まります。これを持つものは身分に関係なく王となります。リタントが建国されて数百年ほど、『冠を持つ神の手』のゲーム時点では王は5代目なのですが、それまでのところ印を持つ赤子は20年ほどおきに1人ずつ順調に誕生しています。

選定印 神に与えられた王たる者だけに授けられる冠とされている。生まれた時から額に浮かんでいる複雑な形をした痣で、緑色に光る。皮膚が直接染まっているかのようだが、その部分を刃物などで穿っても、肉の向こうからその緑の光が消えることなく覗く。王国リタントでは、この徴を持つ者だけが王となることが出来る。かつてリタントが統一国家ダリューラから分裂した際に、三足族を率いた初代国王の額にその徴があったことが起源となっている。 (冠を持つ神の手 Wikipedia*より)

 またアネキウス信仰のもとで魔術師は魔物と契約する邪悪な存在とされており、魔術師は地上から滅ぼされたとされています。が、実際は魔術と魔物は別物のようです。リタントでは魔術師は「神に見放された存在」として忌避され、さらにその存在さえ疑うものが多いようです。

(以下重大なネタバレ)

 実は本編には魔術、および魔術師が登場します。魔術の存在も魔術師の存在もほとんどの人に知られていませんが、登場する魔術師いわく、魔術師は魔物と契約はせず、魔術といわれる特殊な技能を身に着けた存在です。魔術師いわくこの世界における魔術は「己のうちの流れを汲み出し、加える」もので、かつある程度の訓練をすれば誰でもやってみることはできるそうです。印を持つものは知力、体力ともに常人より優れており、訓練すればひとかどのものになれる才能があると『冠を持つ神の手』の本編中でも述べられますが、印を持つことは偉大な魔術師になる資質でもあるようです。さらにゲームを進めるなかで、王城にある、王のみ立ち入れる宝具入れの入り口には魔術の仕組みが使われていて、その中には魔術によって操れる魔道具(とは王には気付かれていない古い道具)が多く収められていることも発覚します。

(重大なネタバレは以上です)

本編中に出てくる世界設定への疑問

furige-tabi.com さまがまとめてくださっています。詳しくはそちらを読んでいただくとして、要約するとその内容は

ルージョンの引っ掛かり

  • ルラントはなぜ(王城の魔道具がある倉庫の)魔力頼りの不確かな防犯システムを改善しなかったのか?
  • どうしてそんな危ういもの(魔道具)を王の権威を象徴する道具として大事に保管したのか?

タナッセの疑問

  • 選定印の授受は本来ルラント一代限りの約束だったのではないか? と思わせる記述が歴史書にある
  • ルラント自身が次代について言及したことが真実だとすれば、なぜ彼は「徴をもつものが一定周期で現れる」と知っていたのか? また彼はなぜ「徴を持つものが2人同時に現れる可能性がある」ことを知らなかった(その状況への対処を言い残さなかった)のか?

というものです。

本編中に出てくる世界設定に対する私の問題設定

  • 魔術や魔術師が「禁忌」扱いされるようになったのは、正確にはいつだったのか(われわれは「魔術師が禁忌」であるという前提で歴史を見ているが、たとえば実際は「魔術」「魔物」とが昔は区別されていて、ある時期(私たちが思っているよりもはるかに最近)に「魔術師=魔物」という思想とともに魔術師迫害がはじまった可能性はないか)
  • 関連して、魔術の禁忌は古くよりアネキウス信仰の一部なのか
  • 関連して、ルラントは魔術勢力だったのか(これもその当時に魔術が禁忌だったかにより意味合いは変わるだろうが、一応)

私の推測(本稿の結論)

  • 大昔、魔術はあらゆる人のもので、信仰には魔術の禁忌視は含まれてはいなかった。
  • ルラント自身が魔術師かどうかはわからないが、ルラント派はほぼ間違いなく魔術の使える一派だった。
  • ルラントが追われた理由としてルラントが魔術一派であることが明らかになったことがある、というよりはルラントが失踪するのと前後して、何者かの意図により、魔術が王権の内部から追放され、魔術師が禁忌扱いされるようになった&あわせて現在の国家宗教的な信仰が作られた可能性がある(そしてその「何者か」は歴史的記述に沿うならば、神殿勢力であると推定するのが自然ではあるだろう)
  • 徴システムの魔術性を知るのは神殿だけ、徴の真正性を判断できるのは王室だけ、という知識の非対称性も、ルラント失踪後につくられたのではないか。
  • 徴はルラント以前の古代の魔術師が「作った」ものだったのではないか。ルラント以外の魔術師(おそらくは神殿)が介入した結果、いまの印システムがつくられた可能性もあると思うが、その場合もすでにあった徴への改変、という程度であり、100%思い通りにできたわけではないのではないか。

傍証(※イベントへのネタバレあり)

 ここで注目したのは教義における表現です。魔術師の禁忌、国境越境禁止においていずれも「神に見放された」という表現が用いられています。 ☆ほかに「神に見放された」という表現が用いられている箇所はないか? アネキウス教の主要な教義には変更はないはずですが、そこに魔物の話はあっても魔術の話はあったでしょうか? また魔物が魔術師と契約する話はあったでしょうか?

【魔術師の滅亡】 何とも恐ろしいことに、かつてこの世界には魔術師がいたのだ。 彼らは魔物の走狗であり、堕ちた人間である。 目に見えぬ力を駆使し、人を惑わすものである。 魔術師の口が、真実を語ると思うな。 彼らは欺くものなり。 人に、神に、世界に叛く者なり。 しかしながら、神の怒りはついに彼らの上に落ちる。 かつては国まで支配して栄華を誇っていた彼らも、次第にその力を削がれていく。 そしてついに、あの魔術師狩りにより、我らは「最後の魔法王国」テラーソーの残党らを滅ぼし、この世より追放せしめたのである。 今やこの地に彼ら呪われた者どもの影はない。 しかし油断するな、人は弱く、再び魔物と契約する者が出ないとは限らないのだから。

と記述されている書物は、王城の「宗教書」ではなく「歴史書」です。 「魔術師の口が、真実を語ると思うな」というあからさまな否定は、ほんとうは「魔術師の口が、世界の真実を明らかにしてしまう」からなのではないでしょうか。魔術師の言うことが誰にも信用されなくなれば、王権のブラックボックス化は成功し盤石なものとなります。国家建設にあたり必要だった力に触れることを宗教的にタブー化することで、禁忌の確立とともに国家宗教性を確立させることに成功した、というのは、グラドネーラ世界が、民衆の生活の多くを宗教に依存し、かつ高速で大量の情報を共有する手段のない中世世界であることを考えても理にかなっているように思います。

「そういえば、こんな噂もあるんですよ。 古神殿はもちろんリタント建国以前からありますよね。 あるのは、こっちだけじゃないって話。 そう、壁のむこうですよ。 こっちとあっちを分ける壁のね。 それにね、さすがに聖山までには壁は建てられませんや。 罰当たりだ。 だから、奥のほうにこっそり向こうとつながる道があるんじゃないかって……まあ、信ぴょう性のないよくある噂ですけれど。 第一、壁の向こうにいるのは喧嘩別れした相手ですから。 化け物がうろうろしてるって話ですし、神に見放された国に行ってもねえ。 そんなところですね。」 【神殿書庫】

「そうそう、ご存知かしら?先の分裂戦役の頃。あの壁の向こうに追いやられた野蛮人たちは、私たちのことをこう罵ったそうですわ。この魔術師め!草原からきた魔の子孫め!って。ふふふ。壁の向こうの人たちにとって、私たち皆魔術師なんですわ。」 【ありえぬ存在・ユリリエ】

神殿が印を「作った」理由

 神殿も政治的集団である以上、魔術師が禁忌扱いされるようになったことに神殿勢力が深く関与しているとすると、神殿が魔術を独占・秘匿することと、権威を持つことの現在の関係性(当時信仰を創造することのメリット)がなければならないでしょう。ではそれは何でしょうか。 まず、医療技術としての魔術を独占できることが挙げられます。神殿は独自の医療技術を持っているとされていますが、実体は魔術である可能性が高いといえるでしょう。 魔術と称して奇跡を演出できる権利を神殿だけが独占することは、それ自体、権威を増すことが力に直結しやすい(権威以外の実行力はすでに十分に持っている)にとって有利なものといえるでしょう。 次に、魔術により神殿側が統治権を得られる可能性があげられます。選定印が魔術の素質によるものであるとすれば、そしてそれを知るものが神殿の家だけであるとすれば、数代に渡って準備をすることで印を得ることも不可能ではないからです。

(以下、重大なネタバレ)

 とすれば、4代にわたってファダーが印を得たことは偶然ではないことになります。また神殿が王権に取り込まれ気味だという風評*グラドネーラ事典より についても、実態はその逆に「王権が神殿に接近している」ということになるでしょう。

(ネタバレは以上です)

この推定は世界設定への疑問をどれほど解決できるか?

ルージョンの引っ掛かり

  • ルラントはなぜ(王城の魔道具がある倉庫の)魔力頼りの不確かな防犯システムを改善しなかったのか? →ルラントは魔術を王権運用に役立てようとしていたため王権の象徴具を魔術を用いたシステムで構築したが、神殿勢力によりそれを道半ばで絶たれたため、今は王城の倉庫とその中身の魔術システムだけが名残としてあるのではないでしょうか。
  • どうしてそんな危ういもの(魔道具)を王の権威を象徴する道具として大事に保管したのか? →上に同じ。ルラントは魔術を王権運用に役立てようとしていた(王権運用に利用しようとしていたことからしても、「少なくともルラントの失踪以前には魔術が禁忌視されていなかった)という説は信憑性があるのではないでしょうか。)

タナッセの疑問

  • 選定印の授受は本来ルラント一代限りの約束だったのではないか? と思わせる記述が歴史書にある →実際にルラントは一代限りのものとして「盟約」を交わしました。次代については血縁での継承を考えていたかもしれないし、あまり考えていなかった可能性さえあると思います。
  • ルラント自身が次代について言及したことが真実だとすれば、なぜ彼は「徴をもつものが一定周期で現れる」と知っていたのか? また彼はなぜ「徴を持つものが2人同時に現れる可能性がある」ことを知らなかった(その状況への対処を言い残さなかった)のか? →印システムはルラント以前の、太古の魔術師による魔術の産物であったため*1、ルラント自身にも神殿にも「だれがどのように印を得るか」というシステム自体を直接操ることはできなかった。*2

なお不明な点

  • ルラントが魔術師一派であったとするなら、魔術師の追放は一代でなされるほど容易ではなかったはず。神殿勢力は一代でそれをなしえたのか? またそうとして、いかにしてそれを実現したのか? *3
  • ルラント自身は魔術師だったのか
  • セッカナの死と神殿勢力の勃興には関係があるのか
  • 徴システムはいつ誰によって作られたか
  • 徴システムがルラント以前に作られていたものとして、ルラント以前の「徴持ち」はどのように過ごしていたのか。*4
  • (メタ的な話だが)「人を食う法」は徴システムに深く重要な関係があるとみなしていいのか

*1:公式Q &Aの「魔術の技法の多くは失われて久しい」&古代の魔術技術の高さの傍証としての「アネキウス=魔術師説」、ドゥナットの「古代の魔術師ってのは人間だったのか?」

*2:神殿は印システムの内容を知り、システムの生き抜き方をハックすることはできても、システムそれ自体をハックすることはできなかったのではないでしょうか

*3:神殿が魔術勢力をもうひとつ握っていて、魔術戦争があった…というような感じだったらアツいけれど、それにしてはゲーム中での神殿が一枚岩でないようにみえるのが気になる

*4:今でも王室以外は徴を知らないことを考えると、「変なあざだな」と思いつつもふつうにのんびり過ごせた、ということで矛盾はないようにも思う。