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(論文紹介) #今年読んだ一番好きな論文2018 「あなたが『卒業したての医者でもこれぐらいはできるはず』と思うことはなんですか?」

紹介論文

Takayashiki, A., On, M., & Otaki, J. (2006). 研修医は何ができると思われているのだろうかーー研修医の能力に対する非医療者の認識に関する探索的研究ーー. 医学教育, 37(2), 89–95.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan1970/37/2/37_2_89/_pdf

です。滑り込み枠です*1

はじめに・背景

研修医とは?

こんにちは!医学生をしております。ふくふき(Twitter:@fukufuki)です。さっそくですが、

「あなたが『卒業したての医者でもこれぐらいはできるはずだ』と思うことはなんですか?」

医師の卵(当アカウントもそうです )こと医学生は6年の学部教育を経て、研修期間(4年)を経て医者になります。4年の研修期間中のひとを研修医といいます。
4年の研修期間のうち特に最初の2年は、まだ自分の専門科(例えば神経内科、眼科や耳鼻科、心臓血管外科などの専門)が決まっておらず、研修医はいろいろな診療科を数週間ずつ回っていきます。つまり、卒業から2年は、見習いとして「なんでも」勉強する期間です。この時期の研修医は、半分医者、半分訓練生みたいなものです。正式に就職していない見習いという意味では、民間企業でいうインターンのようなものかもしれません。

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医学生と研修医と医師

ここまでお読みくださったみなさんはおわかりかと思いますが、そうです、研修医はなんとも中途半端な立場なのです。つまり、まず、卒業はしたから学生ではない。しかし専門科は決まっていないため「医師」ともいいづらく、ましてや一人前の医師ではないのですから*2

論文概要

さて、本論文「研修医は何ができると思われているのだろうかーー研修医の能力に対する非医療者の認識に関する探索的研究ーー」は、「研修医に何ができるのか」について、研修医自身の認識と非医療者の認識の違い質的調査(後述)したものです。研修医は不安定な立ち位置のために日々、苦労しています。自己認識と非医療者からの期待のギャップもまた苦労の要因になりうるでしょう。しかし、両者には違いがありそうなものの、これまで研修医の自己認識や非医療者からの期待について詳しく調査されたことはありませんでした。特に、医学教育の観点からは、非医療者から研修医の能力がどう見られているか(6年間の学部の医学教育でどのようなことができるようになっていると思われているか)を明らかにすることが重要です*3

質的調査とは?

ここで、質的調査とは何か、について説明します。質的調査とは「量的調査」の対立語で、量的調査とは数値化可能なデータの分析による調査を指します。例えば、アンケート調査、国勢調査などを用いた研究が量的調査にあたります。これに対し、質的調査とは、数値化可能でないデータを用いた調査を指します。具体的には、インタビュー調査、聞き取り調査、参与観察などがあります(量的調査に当てはまらない社会調査はほとんどが質的調査の範疇に入るため、質的調査の範囲は広い*4です)。一般に、量的調査は規模の大きさが重要な研究や、調査にあたって重要なファクターがある程度、判明している研究に用いられ、これに対して質的調査は大規模調査では知ることのできない側面について知るための研究や、調査にあたって重要なファクターが判明していない研究(探索的研究)に用いられることが多いといわれます。社会調査というとグラフが多用される量的調査がまず頭に浮かぶ方が多いと思いますが、質的調査は量的調査と並んで、重要な社会調査の研究手法です*5

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質的調査と量的調査

ちなみに「量的調査」「質的調査」という語はいずれも、自然科学・社会科学・人文科学のうちとくに社会科学の文脈で用いられることが多い用語です(AdventCalendarの論文は自然科学、中でも計算機科学が多そうなので、緊張しています)。
本論文も探索的研究の性質が強い質的調査です。

研究手法(Method)

論文よりも少し詳しく説明します。
質的調査の方法のうち、本論文では個別インタビューとフォーカス・グループ・インタビューが用いられています。

個別インタビュー

  • 非医療者の成人5名、医学部学生2名、研修医2名へのインタビュー(とくに研修医は、ちょっと数が少ないですね)を実施
    注)ここでは医師、看護師、医学生、研修医、等、医療現場で働いている人をまとめて「医療者」、それ以外の、医療現場で働いていない人をまとめて「非医療者」と呼んでいます。以後同じです。
  • 質問内容: 「卒業したばかりの医師でもこれくらいはできるだろうと思うことを挙げてください(非医療者向け)」 「以前、医学部卒業までにこのくらいのことはできるようになるのではないかと思っていたことで、現実とは違うと感じたことはありますか医学生・研修医向け)」

  • データ内容:音声記録、書き起こしテキスト、インタビューの様子を記録したフィールドノート

FGI(フォーカス・グループ・インタビュー)

フォーカス・グループ・インタビューとは、複数人のグループでのディスカッションを活用してデータを得る方法です。具体的には、複数人を同時に集め、質問に対して被験者同士で、比較的自由に話し合ってもらいます。

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個別インタビューとフォーカス・グループ・インタビュー

  • 卒後1年目の研修医8名によるフォーカス・グループ・インタビューを実施
  • 質問の流れ:  ①導入
    →②「患者さんが『これくらいは卒業したばかりの医師でもできるはずだ』と思っていて、実際には要望にこたえられず、困ったことはありますか」
    →③「診療の現場で患者さんに対し何かをする時、患者さんが『研修医にまかせて大丈夫か』と不安に感じていそうなことはありますか」
    →④総括「いままでの話をふりかえって、患者さんは研修医に対し、どの程度のことができて、どのようなことはできないだろうと思っていると思いますか」
  • データ内容:映像・音声記録と、書き起こしテキスト、発言の順番や雰囲気を記録したフィールドノート
  • 分析作業:
    コードのカテゴリー化(インタビュー内容の分析)
    →研究者全員で分析内容について議論し、合意事項をまとめる
    →分析結果を調査対象者に報告し、分析内容を確認(メンバーチェッキング)

結果

個別インタビュー結果

研修医が身につけている(と思われている)能力

「研修医が身につけていると医学生・研修医が思っていること」と「研修医が身につけていると非医療者が思っていること」は下表のとおりです。

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「研修医が身につけている能力」として話題に出た項目 ※論文中の表2より改変
表のとおり、全体として医療者よりも非医療者のほうが、研修医がより多くのことができると思っているようです。しかし、中には「研修医が「自分にはできる」と思っているのに、非医療者からは「研修医にはできない」と思われていること」もありました。
例えば、下のような語りがみられました。
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研修医が身につけていると思われていること(1枚目)

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研修医が身につけていないと思われていること(2枚目)


以上をまとめると下の表のようになります。
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研修医のできること/できないことについて、研修医と非医療者の認識の違い

理想と現実認識の混同

  • 非医療者で「実態と、これくらいであって欲しいという希望や期待がごっちゃになってるなあ」という発言があった
  • 非医療者は、医学教育に対する理想と現状認識を混同しがち

FGI(フォーカス・グループ・インタビュー)結果

患者−研修医間の認識の相違

フォーカス・グループ・インタビューでは、患者との認識の相違に対処するために研修医が「逃げる」「かわす」「ごまかす」「状況を避ける」ことをしていることが繰り返し話題になっていました。つまり、研修医はできないことをできるかのように期待されたために困ったり、うまくかわしたりしているということです。*6

患者の認識のばらつき

患者の世代や理解力により、患者の研修医の能力理解は異なるようです。

卒前医学教育に関する患者の知識不足

非医療者には卒前医療教育の内容が知られていない

  • 例1:医学部が6年制であることが知られていない
  • 例2:国家試験が全科におよぶことが知られていない (上はいずれも医学部生からすると比較的、当たり前のことなのですが、周りの知人に聞いたところ、やはり知らない人が多かったです……みなさんはいかがですか?)

考察

得られた知見

内容は先項の「結果」とほぼ同じです。

  • 医学知識の不足:非医療者は医学教育についてほとんど知らない
  • 理想と現実の混同:先行研究でも指摘がある
  • 認識と現実の違い:非医療者の医学教育についての認識と現状は異なる
  • 認識のばらつき:非医療者の研修医の能力への認識はばらついており、非医療者が研修医を過小評価している場合もあった
  • 研修医の対処とストレス:研修医が日常業務の中で苦労している(笑)

今後の課題

今後は、非医療者を対象としたフォーカス・グループ・インタビュー(FGI)などを行い、さらに確からしい知見を蓄積する必要がある、と締められています。

メモ1:ぜひ覚えていってほしいこと

(以下は個人の感想・意見であり、論文内容の紹介とは直接関係はありません)

  • 意外と研修医はビビっている(何もわかってない)
  • 医学教育の研究・開発は発展途上の領域*7

メモ2:なぜこの論文を選んだか

(以下は個人の感想・意見であり、論文内容の紹介とは直接関係はありません)

今回の論文の内容(とくに「結果」の項)を読んでみると、けっこう当たり前のことが書いてあるんですよね。「認識と現実の違い」とか、「認識のばらつき」とか、そりゃそうだろう、という感じですよね。しかし、

  • 「当たり前」と思えることでも案外わかっていないこと
  • 「当たり前」と思えることでも適切な学問的文脈におけば研究となること を伝えたかったため、あえて選ばせていただきました。他の選定理由は、
  • 研修医が「日頃、困っている」のと、困った状況に「逃げたり」「かわしたり」してるのがちょっとおもしろかった
    からです。最後に、

  • 「当たり前」から次の「研究」をつくるのは貴方です!ということで、みなさんの「研修医がこんなこともできるのか/できないのかと思った」「研修医だけどこれができる/できない」ご経験について、コメント待ってます!!

    ありがとうございました!

*1:投稿時間も滑り込みです、ゴメンナサイ

*2:当アカウントはまだ医師でもない学生なので断定調の説明は僭越の限りですが、説明の便宜のためご容赦ください……。

*3:論文範囲からは逸脱しますので読み飛ばしてください……加えて、医学教育の観点からは研修医もまた重要な教育対象です。この意味でも、研修医の直面しているギャップと、それによる研修医―患者関係の困難について調査することは、今後の医学教育のあり方を考えるために、有益と考えられます。最後の項で少し触れますが、医学教育という分野自体も、まだまだ発展途上の実践領域です

*4:より詳しくいうと、背景とする思想的立場の幅が広い

*5:詳細は成書に譲りますが、質的調査と量的調査とは異なる思想的立場を背景にした調査手法です。社会学の質的調査の根拠となる思想的立場は幅広いですが、そのうちのひとつに「数値的なデータに現れないわれわれの主観的意味もひとつの現実であり、それは言語により構成される」というものがあります。これは「社会構築主義」とよばれます

*6:卒業したばっかりの医者は案外に何も出来ないし、自分ができないことを患者さんに期待されないように逃げ回っている……と……笑

*7:現在、医学部には臨床手技試験(OSCE)という、4年生が受検する、採血したり、検査をしたりといった実技の試験があるのですが、これも2005年に本格導入されたもので、それまでは医学部の学部教育に実技の試験はなかったんですね。本論文のような地道な研究が次の医学教育をつくることを期待したいと思います